私の授業のひと工夫 第10回

 私が担当する科目の一つに『構法スタジオ』という設計演習がある。学生からは「地獄の演習」とさえ呼ばれている。設計の勉強に着手し始めたばかりの2年生に、小型の住宅一軒を実務的な視点で設計させるのである。よちよち歩きの学生をいきなり千尋の谷に突き落とすようなもので、有無を言わさず詳細図まで描かせる。時間割り上は3限4限であるが、秋学期の金曜午後は20時を回っても設計指導が続く。
 前任地のウィーン工科大学で、欧州の学生たちが初学年でこのような実務的特訓を受け、それが終わると学年制もなくなり、一転して自由に独創的設計を楽しみ、修了時には若き設計者として巣立ってゆく姿を見てきた。学生達は早いうちからプロと同じ土俵に立つため、教員との議論も丁々発止。
 法政に着任した翌年、ウィーンでの経験から始めたのが構法スタジオである。構法とは建物のつくり方を学ぶ分野である。一般的には図集のイラストを見ながら、これが屋根、これが窓といった具合に講義することが普通であるが、構法スタジオでは、まず自分がつくりたい住空間を提案させ、それを実現するための詳細設計を通して構法を学ぶ。合言葉は、「夢の代償」。自分が提案した夢の空間を実現するために必要な技術を自力で学ぶ。
 積み上げ方式の学習に慣れた日本の学生にいきなり実践は乱暴との声もある中で始めたスタジオではあったが、何度も繰り返し赤を入れ、3か月もすると一丁前な図面が出来上がってくるではないか。
 汗と涙の猛特訓の末、一揃いの図面を仕上げた彼らは満足げである。プロになった気がすると喜ぶ気の早い者。絵は下手だけど設計はやりたいと気を取り直す者。教員も悩むような質問をぶつけてくるませた者。学生が大人しくなったとは言われるが、背伸びし尊敬を勝ち取りたい若き本能は健全なようである。
 さて、授業の工夫はと問われると、私は単に発破をかけているだけなのである。